2014年12月30日火曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻21

岡崎や矢矧の橋の長きかな 杜國

 三河国、岡崎の宿、矢矧川の橋は長さ二百八間と伝えられている。前句の「馬のねむた顔」に、この句の「橋の長きかな」という句づくりの悠々迫らざるのと応じて、橋板にことことと音がする馬の緩やかな足音の響きが聞えるような心地がする。馬上の人が倦怠してうめきだした句として解しても通じる。

 前人から「や」と「哉」について論がある。しかし、多くは言うに値しない。発句に「哉」があるからといって、平句に「哉」を用いて悪いことはなく、ただ平句の体が発句の紛れるように「哉」と止めてしまうと、一巻の体裁上はばかられ、忌まれることもある。この句「哉」と止められているが、まったく平句の体で、発句の分を犯さず、「や」としたとしても同様である。『平家物語』、平忠度の歌、「さゞ波や志賀の都はあれにしを昔ながらの山さくらかな」。「や」といって「哉」と止めるこの句のつくり方、これに似ている。

2014年12月29日月曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻20

真昼の馬のねむた顔なり 野水

 この句も解するまでもなく明らかで、前句とともに面白く、東海道を春の好き日に旅するような心地がする。であるのに、旧解には、ここは嬉しげというのを飼い雲雀を放つ態と見立て、八幡祭に人も浮き立っているのに、馬が疲れて眠がるのを見て鈍感だと思うさまを付けたとある。余計な穿鑿に過ぎた解というべきである。

2014年12月28日日曜日

ブラッドリー『論理学』105

 §81.そろそろ空間や時間における現象ではない個的なものに関する判断について考慮するのをやめる時期である(§41)。結局我々は仮言的でないような判断を手に入れることができたのだろうか。個的な実在に直接に属性を示すような判断が、本当に真にそうしたものだと言えるのだろうか。そこでは、諸要素の実際の存在を主張し、誤りではない陳述を見いだすことができたろうか。定言的に真であるものとは最終的には、「自己は実在である」あるいは「現象は魂の魂に対するあらわれを越えるものではない」といった判断に発見されるのだろうか。実際にもしそうなら奇妙なことに思われるだろうし、結局本当に奇妙なのは我々の心だということになろう。

 しかし、ここではこうした問題に答えることはできない。定言的に真であるものがどこにあるのか「ここにあるのか、あるいはどこにもないのか」を尋ねてから始めてそれには答えることができる。

2014年12月26日金曜日

ジョージ・キューカー『スタア誕生』のチラシ

1954年アメリカ映画。

リバイバル上映か。

残念なことにジュディ・ガーランドがあまり好きではない。



2014年12月25日木曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』19

      定義の必要

 状況は次のように譬えることができる。鳥の一群が、繁殖していって、非常に多様な生活の様式を発達させていった。彼らはいまでは異なった場所に異なった餌を探しに出かけ、それ故、被る危険の種類や程度も相当に違っている。また、彼らの餌を集める方法は、逃げる才能によって異なる。他の鳥よりより素早く餌をとって逃げられる鳥もいる。木で餌をとる鳥の危険と地面や水のなかで餌をとる鳥の危険とでは異なる。

 だが、彼らが未だに自分たちを同質の一団とみなし、不調和でも共にいることに固執し、同質の文化で生活していたときと同じ定位で行動しようとしているとしよう。この文化的雑駁さは彼らにどんな影響を与えるだろうか。彼らの反応は混乱に投げ込まれないだろうか。あるメンバーの注意を促す叫びは、記号としての絶対的な価値を失ってしまうだろう。木にいるグループの落ち着きは、もはや水のなかにいる鳥たちには適切な安全のしるしとはならないかもしれない。海岸で餌をとっている鳥の危険を知らせる鳴き声は、水のなかや木にいる鳥たちには同じような危険を示すものとはならないだろう。

 彼らは会話ができるとしよう。まず始めに主張されるのは、この混乱を一掃するための定義づけではないだろうか。危険、安全、餌などの言葉だけでは十分ではないだろう。正確な批評的語彙も導入されるべきだろう。どんな状況下での危険なのか、どのメンバーにとっての餌なのか、等々。羽ばたきをしたり叫びを上げたりする昔ながらの詩的な方法は威信を失うこととなろう。扇動家や愚か者だけがそうした手段に頼ることとなろう。最も知的な鳥たちは、厳密で曖昧さのない命名法の完成を主張することだろう。

 中世においては、文化的に異質な地域の間にコミュニケーションのシステムを拡大することが試みられ、特有のシンボル体系をもち学者の言語である、学問上のラテン語が発達した。それには口語体の柔軟性が欠けていた。しかし、人工的な媒体から借りることによってのみもつことのできる概念的な無感情を獲得した。そのときの状況といまの状況、多くの様々に異なる学問分野、異なった生活の様式、異なった精神病質を横断するようなコミュニケーション媒体を確立しようとしているいまとは顕著な類似性がないだろうか。前世紀の美的部門主義を経験することで、我々は広範囲にわたる手旗信号のシステム、言語というよりもむしろ用語法を生みだそうとしているのではないだろうか。

 現代の歴史家は、扱いにくく、当時においては一般的であった媒体を壊したということで、ダンテのような作家を好んで称揚する。彼が拒否した言語は、北スコットランドで言ったことと南イタリアで言ったこととが同じことを指すよう形づくられていた。学識ある歴史家たちは、この概念的な言葉(大衆の使うラテン語ではなく、神学者の使うラテン語)から、限られた地方の媒体を採用したといって彼を称讃する。同時に、今日において同じような段階を経て、特殊な経験を特有の言葉で書く現代の詩人たちを嫌うのである――そして、ダンテが捨て去ったとして彼らが称讃したのと同じ種類の媒体を完成させることに自らは進むのである。我々は彼らの不整合性を攻めているわけではない。状況は変わっている。ダンテの時代は、カトリックの普遍性が終わりを告げようとしていた。政治的な領域で、教皇党から皇帝党へと変化したことは、詩的な領域でラテン語からイタリア語へ転換したのと平行関係にある。この時点において、目的に対する国家的統一が形成され始め、口語への信望が高まるにつれて、詩的媒体が崩れていったのではなく、生じたのである。

 我々は俗語が単なる悪しきラテン語ではなく、学者のラテン語が完璧になった俗語でもないことを留意しておかねばならない。それらは二つの異なった種類のコミュニケーションのための、二つの異なった道具である。俗語は、人工的に裁ち切られた語彙が無視したような類の効果をまさしく目的としている。というのも、我々は覚えておかなければならないが、概念的な言葉というのはそれが排除し、抽象した後に残しておくものによって主たる価値が決まる。通常我々は抽象を非常に繊細な過程だと考えているが、別の観点からすれば、非常に鈍感とも考えられる。例えば、秤という抽象を考えてみると、その目盛りは一ポンドの羽毛と一ポンドの鉛とを区別できない。重さ以外のすべてを排除して判断している。

 今日の新聞の英語は、恐らくは厳密な科学的コミュニケーションを越えたところにあるテクノロジー的精神病質をあらわしている。常に情報に訴えかけることは、明らかに精神病質的な要求によって支えられており、人々は相次ぐ情報をごく低い注意のレベルでしか読んでいないので、数時間後には何を読んだのかさえ思い出すことができない。だが、情報に対する飢餓感は続き、絶え間なく与え続けられねばならない。同じ文章、同じ物語が一冊の本に何度もあらわれたらうんざりすることだろう。赤新聞やコラムニストを除けば、その散文は共通分母の上にあり、スタイルによる迎合の跡はまったく消し去られている。よりましな新聞でも、電報スタイルの真似さえ見あたらない。消去は全体に及んでいる。批評家は、マシュー・アーノルドに倣って、その作法を強調するよりもむしろ作法が欠けていると非難するのが常であるが、それでも赤新聞はある作法を得ようとしている。語の響きを愛する者は、不安を煽るような見出しの響きと調子に、ひねくれてはいるが真の喜びを得て、眼と頭だけしか使っていないような穏健な金融リポートを読もうとしても、うちとけない嫌悪感を感じるだろう。

 コミュニケーション媒体の混乱はある部分ではそれを克服する試みを生むし、ある部分ではそれを避けて通る試みを生む。人は言いたいことをそのハンディキャップなど関係なく言おうとするかもしれないし、ハンディキャップのなかで言える最良のことを選んで言おうとするかもしれない。詩人(想像力を使う作家一般)は言語的な混乱とは関係なく自分の言いたいことを言い続けるグループの代表だが、二つの不満足な解決法のどちらかに進む傾向がある。限られた精神病質を深く取り込むか、一般的な精神病質を表面的に取り込むかである。科学者や技術者は、欠点を長所に変えるグループを代表する。彼らの言葉は、スコラ主義のラテン語以上に、十分に複雑な詩的媒体としての魅力ある響きや、擬態による補強や、漠然と人間の諸状況を思い起こさせるような部分に欠けている。科学者のシンボルには、本を調べることで適切に反応できる。柔軟性に欠けていることが助けとなり、柔軟性に訴えかける必要がない。第三生産体制(科学技術的な)を合理化する言葉は、擬人的内容を低く抑えることで、擬人化への誘惑を概ね乗り越えることができる。それは機械の設計である。

2014年12月24日水曜日

ブラッドリー『論理学』104

 §80.しかし、我々がより低次の見方にとどまるなら、判断の真理を精査することに同意しないなら、個的な事実に関する主張をそのまま受け入れるつもりなら、その場合我々の結論は違ってくるだろう。抽象的判断はすべて仮言的となるだろうが、知覚に与えられたものを分析する判断はすべて定言的となろう。知覚を超えた時間や空間についての総合判断はその中間に位置することになろう。それらは普遍の強さについての推論を含み、その限りで仮言的な性格をもつに違いない。それらはまた厄介な仮定を含み、知覚と観念との概念内容の要素に同一性を認めねばならないだろう。この仮定が強力であれば、普遍は所与と関わりをもち、「もし」が「なぜなら」に変わり、総合判断は定言判断と呼ばれることになろう。この二つの判断のクラスは一方が個的な事実に関する、他方が抽象的あるいは性質に関する主張であることとなろう。後者が仮言的で前者が定言的である。

2014年12月23日火曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻19

嬉しげに囀る雲雀ちり/\と 芭蕉

 前句をよく味わえば、この句は解釈をするまでもなく、詩趣が現前する。ちりちりは鳴く声であり、ちよちよの誤りではない。狂言の『千鳥』に、「はまちどり友呼ぶ声はちり/\」とあるのを参考にして知るべきである。雲雀の声をよく聞くと、ちりちりといっているようである。

2014年12月22日月曜日

ジェームズ・ディーン・アニバーサリーのチラシ

『エデンの東』と『理由なき反抗』が上映された。

ジェームズ・ディーンは食わず嫌いのままきてしまった。



2014年12月21日日曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』18

      多様なロマン主義的解決

 温室のなかで再び古い結びつきを観察し、問題に突き当たる詩人もいる。彼らは古代地中海の伝承を思い起こす。アナトール・フランスのように、メランコリーとイロニーが混じり合ったなかで、「本の余白に走り書きをする」。選ばれた者たち、いまの風潮を嫌い、よりよい世界を攻撃的に象徴化することで、自分たちの嫌悪感を肯定してもらいたがっている、漠然とした量のXのために書く者もいる。それらに密接に関連してるのは、自分たちの心に耳を傾け、個人の生において避けがたく生じてくる結びつきを捉え、それが他の生と重なりあうところで結びつきを確立しようと望む作家たちである。永遠なものが急ごしらえに一晩で建てられ、過去を生き抜いてきた者の観点からすると、笑われるのが落ちな安普請を諷刺する者もいる。その時々の一般の関心に素早く合わせ、偏りを見越し、戦争時には戦争劇を売り、新聞が大臣とその取り巻きたちとのスキャンダルでいっぱいなら悪徳劇を売ることで自分の芸術を社会化する者もいる。それほどご都合主義的でない者は、新しい科学的発見を用い、遺伝の問題が広く語られ話題になっているときに、梅毒やアルコール依存症の惨禍を描きだすかもしれない。

 比較的テクノロジー偏重の西洋の侵害を受けていない地域で住んだり、以前には訓練されているというよりは無能だと考えられていた多様な集団――無法者、泥棒、木こり、娼婦、漁師、密輸業者、鉱夫、店員、闘牛士等々――から自然発生的に生まれてきた新道徳を明らかにし、利用することで新たな原始性を得ようとする試みもある。こうした新原始主義の別のグループは、否定し得ない普遍的な基盤として性的関心を強調する。

 問題そのものから出発することで問題と取り組む者もいる。彼らの芸術は芸術の方法論となる。恐らく、最も徹底的にそれを行なったのは後期のジェイムズ・ジョイスであって、心理学の実験室での調査にでもあたるような言語媒体の容赦のない崩壊の過程を示した。細かな部分で見れば、似たような傾向はナンセンスなコメディアンが口にする洗練され複雑な冗談にも認められるが、彼らの場合は恐らくはその刺激がより間接的で、実験室というよりは、応用科学で使われる資源の多くがそうであるように、転用といったところか。

 しかし、訓練された無能力という我々の概念は、この状況を逆転して見るよう我々を促す。詩のジレンマはなんらかの別なことの優位性として論じねばならない。ある種のコミュニケーションが崩壊すると、別の種類が廃墟の上で繁茂するだろう。

 この状況の肯定的な側面は、擬人化の少ないテクノロジー的な取り組みかたの発達に見られる。我々が書くものの語彙の変化がその証拠である。科学的用語は概念的で、命名する目的をもつが、コミュニケーションの自然発生的なシンボルは勧告、示唆、催眠を目的としている。直感的な定位によって大いに混乱した世紀が、かつてないほど言語の概念的な使用を発達させたのは偶然とは思われない。類似したものの微妙な相異、色合いの相似による混乱が、それに反応するより名づけることを我々に強いたのである。この世紀の主要な音楽でさえ心理主義的であり、表題音楽的な性質は、ベルリオーズの直截的で擬音的特性、ライトモチーフの使用で音楽的な命名に組織的に頼ったワグナーにおいて花開いている。示唆の威信が落ちるに従って、教育の威信が高まった。スタイル、美、形式――それらはいまや戦いを挑むべきものとなっている。或はそれらが有効なところでは、疑う余地のないほど極端で病的な反応を顕在化させるために多く用いられる。説得は安っぽい政治家のもので、修辞は虚偽と同義語となり、厳密な定義が理想となった。

2014年12月20日土曜日

ブラッドリー『論理学』103

 §79.そろそろいままでの苦難に満ちた探求で得た結果をまとめるときである。もし我々がある主張の究極的な真理を考えるなら、我々の見る限り、ありのままの定言判断は完全に消え去ってしまう。個的と普遍的、定言的と仮言的の区別は破られてしまう。すべての判断は定言的であり、実在を肯定し、そこにある性質の存在を主張する。また、すべては仮言的であり、そのうちのどれ一つとして実在の存在にその要素を帰することができない。すべては個的であり、総合の基盤を形づくるこの性質を支える実在そのものが個体であるからである。またすべては普遍的であり、主張される総合は個的なあらわれを提供しつつそれを越えている。それらはすべて抽象的であり、文脈を無視し、複雑な感覚の状況を取り除き、性質を実体化している。だがまた、すべては具体的であり、そこには、現前における感覚的財にあらわれる個的な実在に関する真以外にはなにもないからである。

2014年12月19日金曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻18

五形すみれの畠六反 杜國

 五形すみれは「げんげすみれ」と読む。「五形」をげんげと読む理由は明らかではないが、当時俗にげんげに五形の字をあてたのだろう。「五形」はごぎょうと読むべきだが、春の七草のなかのごぎょうは御形の字をあてる習慣で、故にまたおぎょうとも呼び、五形の字をあてることは稀である。

 七草のなかのごぎょうは、鼠麹草つまり「ははこぐさ」、また音便で「ほうこ」と呼び、「ひきよもぎ」ともいうものである。ここの五形が御形でないことは疑いようがない。げんげを「げげばな」ともいうので、「げげ」を延ばして「げぎょう」といい、また訛って「ごぎょう」といい、五行の字を当てはめることになったのか、定かには知りがたい。

 また、げんげは「れんげ」の京畿地方の訛で、関東で蓬莱草という。すみれは菫菜、または紫花地丁であるが、ここでげんげすみれというのは、げんげとすみれではなく、げんげすみれでひとつで、蓮華草のことである。これもまた京畿の俗称で、蓮華草を略して「げんげ」とだけいい、やや正しく「げんげすみれ」という。その意味は「げんげのすみれ」ということで、他の菫菜のすみれと分けるためのことである。菫菜だけを関東ではすみれと呼ぶが、昔は蓮華草を単にすみれといい、古歌ですみれとあるのは菫菜のことではなく、蓮華草のことをいうという説さえ谷川士清などもあげている。

 げんげすみれはつまり、蓮花の形に咲くすみれという意味で、菫菜のすみれと分けるための名であるから、さして咎めるべきことではない。げんげすみれはおそらく砕米薺のことであり、紫雲英とも書かれるものだろう。

 一句の表面的な意味は、ただ紫雲英が美しく咲いた畠が五、六反ほどあるということで、前句の花見次郎の家の近くの景色である。これを解して、世に仰がれた長者もぜいたくを尽くしてその家が衰え、いまはただ六反の荒畑のみが残っている、という栄枯の観をあらわしたとするのは誤りである。また蓮花草は牛馬の飼料とするものなので、多くの牛馬までげんげの花見をすると打ち興じた、というのも行きすぎである。

 紫雲英は自生するものだが、その花が六反も咲き連なるのは、荒畑などではないことは確かで、種を撒いて育てたものであり、それを水田の肥料とし、あるいは牛馬の飼料とするのである。人糞などの汚穢を避ける神に供える稲を作る田など、または他の肥料を得にくい地の田などでは、もっともよい肥料として紫雲英を植えることが農家の習いであり、そのために紫雲英の種は夥しく売買運搬される。このことを知れば栄枯の観などということの間違いであることがわかる。また、牛馬も蓮華草の花見をするというのは、蓮華草を牛馬の飼料とのみ覚えているもののうがった見解である。田舎の大百姓の家の辺り、広々としたところに蓮華草がとても美しく咲いていて紫の毛氈を敷いたようなのを見て、あの茅葺きの棟の高い家が花見次郎のものよ、というほどの風情に解釈するべきである。前句ははなはだ曲折があったが、この句は伸びやかに投げだしたようで、変化があっていい。

2014年12月18日木曜日

羽仁進『アフリカ物語』のチラシ

1980年の日本映画。

データベースを見て知ったが、原案が寺山修司だった。

これまた、見ていない。



2014年12月17日水曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』17

  .. 第四章 スタイル

      スタイルによる訴えかけの本質

 その最も単純なあらわれにおいて、スタイルは迎合行為である。「正当なことを言う」という催眠的、暗示的過程によって好意を得ようとする試みである。明らかに、正当なことについて同意がある場合に最も効果的である。遠慮なくものを言う者たちは、異なったしゃべり方をするように育ち、過度に丁寧で自分たちと違い、命令するときでも疑問の形で述べる(「これをしろ」と言うときに、「これをしていただけませんか」と言う)人間を信用しないだろう。「後ろ暗いところがある」と疑いさえするかもしれない。逆に、彼の方では、彼らが精一杯謙遜を示しているときでも、無遠慮なものの言い方が自慢めいていると考えるかもしれない。丁寧なものの言い方をする者が丁寧な聞き手に迎合したり、無遠慮な話し手が無遠慮な聞き手に迎合するやり方で自分とは異なるグループに向うと、スタイルはうまくいかないことになろう。

 アルコールの経験を積んできた者たちは、暴れ回っている酔っぱらいにどうやって近づき、感傷的な友情を暗示し注意を向けるのに「丁度あった」言葉と調子でどう働きかければいいかわかっているものである。そのあからさまな結果が過程を最も明瞭にあらわしている。そこには、詩人が聴衆に自ら望んだ精神状態を生みだすときと同じスタイルや迎合行為があった。私としては、マシュー・アーノルドがこの仕事をする姿を見たくはない。彼がしたのではあまりに露骨になってしまうだろう――彼が積んできた訓練はなんの役にも立たないだろう。住居の移動が当たり前の今日のアメリカでも、隣人が出会ったときいつでも細部に至るまで正確に繰り返される地方独特の言葉のやりとり、挨拶、身振り、声の調子のパターンに行き合うことができる。確かにこれは単なる鸚鵡の繰り返しではなく、正しいことを言うことによって互いを受け入れるためのスタイルなのである。

 エチケットとはフランス語ではラベルのことである。ビン、箱、包みに内容や価格を示すためにはり付けてあるもの、とラルースにはある。もちろん、そこから派生して、宮廷儀礼や礼儀の形式などを示すようになった。かくして、明らかに、社会において生き方、物事のやり方、考え方などが同質になればなるほど、ラベルも同質になり、芸術家は自分の目的のためにますますそうしたラベルを用いるようになる。

 1925年から1929年の「新時代」の間に、エミリー・ポスト夫人の著作が数十万冊売れたときには、自信をもってある文学における「スタイルの問題」を見ることができる。その文学には、馬鹿げたほど不適切なラベルを使って酔っぱらいを鎮めようとする頼りないマシュー・アーノルドの姿もあるだろう。経験に対する鋭敏な感覚を示し、各状況で望んだ反応を生みだす適切なラベルを駆使する強靱なハードボイルド作品もあろう。命令によってラベルを確定しようとする皮相な試みもあろう。強いられた感情や温室育ちの優雅さ、芸術におけるプロレタリア運動を朝までには仕上げようというような性急さ。

 もちろん、豊穣で詩想あふれんばかりの詩人によって、正しいことを言うという訴えかけがなされると、非常に冒険的な探求になる。シェイクスピアは順応がどれ程広範囲においてなされうるかについていくつかの例を示している。例えば、『ジュリアス・シーザー』では最も直截的なラベルによって陰謀者を陰謀者として示した。彼らは袖を引き合い、囁きを交わし、善意を装い、嵐のなか夜の暗闇の妖気が漂うなかで会合する。『リア王』では、コーデリアのような登場人物の性格がより精妙な形での取り入り方を示している。シェイクスピアは最初に、いかにひどく彼女が誤解されているかを示す。さて、観衆のなかで善意があってしかも誤解されていないような人間などいるだろうか。それ故、劇作家が必要とし目的とする如く、コーデリアに向けて心を開かない者などいるだろうか。ド・クインシーは『マクベス』を注釈して、シェイクスピアが更に深くまで行けることを示している。マクベスによる王の殺害を描き終わり、門でなる不吉なノックの音を聞かせるとき、私的で苛酷な良心を打ちのめす音が客体化され、内的出来事と外的出来事とが混じり合い、我々は単なる目撃者としてではなく、参加者として殺人に巻き込まれることにならないだろうか。ラベルが追従的に用いられるのでは全くなく、最も大胆な精神によって最上の活用がなされているが見て取れよう。

 こうしたラベルの構造が損なわれると、それに応じて、コミュニケーションでの重宝さも損なわれる。問題を提示することでは催眠にはかからない――反応を誘うベルを鳴らすことで催眠にかけるのである。変化、異なる仕事、不安定な予期は、そうした連鎖の範囲、性質、持続に根本的な意味合いをもつ。地理的な移動、社会層の崩壊、文化的合併、「新たな問題」の導入――詩的媒体に逆らって働く数多くの要因がある。人々がチャーリー・チャップリンの演技を非常に喜ぶのは、彼の正確なパントマイムのスタイルが社会的な混乱を乗り越えるところにあるのだろう。彼の表現は、常にそこにある身体の確実性、精神的姿勢と身体的姿との変わることのない相互関係に基づいているために、普遍的とも言える意味合いをもっている。

2014年12月16日火曜日

ブラッドリー『論理学』102

 §78.科学の実践は我々の長きにわたる分析がもたらした結果を認めている。科学で一度真であったものは永久に真である。科学の対象は瞬間瞬間の知覚が我々にもたらす複雑な感覚される現象を記録することにはない。これやあの要素が与えられたときにはなにかが生じるという普遍的に妥当なことを言うために、概念内容のつながりを得ようとするのである。そうした抽象的な要素を完全な形で発見し、高次のものから低次のものへと配列するよう努めるのである。前に使用した用語を使うなら、科学の目的とは「これ性」を一掃し、所与を抽象的な性質の観念的総合として再建することにある。その始めから、科学は観念化の過程である。そして、実験は、遙か昔にヘーゲルが語ったように、事実を一般的な真理に昇華させるがゆえに観念化の道具なのである。

 一般的な生活でも科学でも同様に、判断は最初は新鮮な事例に適用される。それは始めから普遍的な真理である。もしそれが本当に個別的なもので、それが生じた事例に完全に限定されるなら、使用が不可能で、なかった方がよかったことになろう。個別の判断でしかないものなど実際には存在しないのであり、もし存在しても、まったく価値がないであろう(第六章と第二巻参照)。

2014年12月15日月曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻17

縣ふる花見次郎と仰がれて 重五

 「縣ふる」は縣に年ふるということ、田舎暮らしが長いということだと昔から解されている。しかし、「縣ふる」はおそらくは「縣徇る」であり、触れ知らすことを徇るという。その土地で花見に伊達を競うことでは三人にくだらないものを、「縣ふる花見次郎」と、面白く取りざたされているのを取り入れてつくったものである。日向国に何次郎とかいう富貴のものがあり、近国で噂されるほどの花見を催して名を知られ、そののちは花見次郎といわれるようになったという旧解があるが、讃岐の作平と同じくこの次郎も名を聞くことがなく、京の川太郎、江戸の太申のように、人の口耳に残ったものでなければ、その虚実を考えるべきではない。兵六といえば、薩摩の人は誰でも知っているドン・キホーテのような物語上の人物だが、それでも東京、西京の人は知らないものが多い。

  まして貞亨のころに、日向国や讃岐国などの田舎の普通の人々の事績を取りだして俳諧にしても、それを知り、理解して、面白いと思うものが誰がいようか。また、俳諧に面影をとって作為とすることはあるが、一句一句になんの面影を取ったとするべきものでもなく、津浪は大伴の皇子、魚は長田の作平、花見は日向の何次郎と、いちいちよく知られもしていない故事や地元の言い伝えを連ねていかなければならない理由はない。これらはみな穿鑿が過ぎた愚かな解釈というべきである。

 すべて太郎次郎というのは、人の家の太郎次郎から起き、第一のものを太郎といい、それに継ぐものを次郎という習慣である。阪東太郎、四国次郎、太郎太刀、次郎太刀、太郎貝、次郎貝、愛宕の天狗太郎坊、比良の天狗次郎坊などのようなものである。花見次郎という語は、これらになぞらえて理解するべきである。もし日向の何次郎というものがあって、その後に花見次郎があるとすれば、其角が永代島八幡宮奉納の句の「汐干なり尋ねてまゐれ次郎貝」という句も、『曾我物語』に、「伊東の次郎、貝という貝を取りだして云々」とあることから、伊東の次郎貝ということになったと解するべきなのか、その愚かさ実に笑うべきものがある。

 この句はいわゆる逆付で、前句に大魚をさばいて死体を食べたものであることを知って興ざめし、驚いた様子があることから、そのめざましいまでの大魚を持ちだした人をあらわし、一場のおかしみを見せたもので、無限の滑稽がある。「縣ふる花見次郎」と人にも言わせ、おごり高ぶった男が取り巻きたちを多く引連れ、花の木陰に酒樽を開け、誰もが目を見張るような大魚を担ぎ込ませ、さてそれを捌いて煮炊きして、豪快なさまを衒おうとしたが、図らずも魚の腹から死体を食べたしるしがあらわれて、さすがに愕然と面々が顔を見合わせたる様子の、なんともいえぬおかしさを言外にみせたのがこの句のおもしろみである。『徒然草』の、紅葉の下に割り籠を埋めて、験者めかして楽しもうとしたえせ法師が、それを盗み取られて愚かな争いにいたる話にも似ていて、その田舎っぽい愚かしさが、また一段と勝って、笑いを催させるような光景である。「ふる」といい、「花見次郎」といい、「仰がれて」という一句のつくりをよくよく読みとるべきである。日向国のことなど知らないでも、この句のでたとき、一座の人々が笑いさざめいて、おとなしい芭蕉も、演劇ぶりが好きな荷兮も、重五の奇抜な才能に手を打ったことが思いやられる。

2014年12月14日日曜日

クロード・ルルーシュ『続・男と女』のチラシ

1977年のフランス映画。

全然興味がないので見ていない。

しかし、興味がないのにチラシは取っていたのだなあ。





2014年12月13日土曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』16

      訓練された無能力としての職業的精神病質

 読者は、ヴェブレンの訓練された無能力という概念がデューイの職業的精神病質と全く同じように扱えることに気づかれたかもしれない。ヴェブレンの用語と入れ替えることで、より明瞭に職業パターンの両義的な性質を見て取ることになろう。実際、デューイは最初は、民俗学者の間で、野蛮人の思考が西洋的思考パターンをとることに「失敗」した例として論じられる傾向に反対する目的でこの用語を提案したのだった。デューイは強調点が逆にされるべきだと考えた。調査者は、その思考パターンを自分の仕事で野蛮人たちと協力するために発達させた実際的な道具と考えるべきである。この観点から見ると、西欧人が野蛮人のように考えることに失敗しているとも言える。デューイの概念は、ヴェブレンがあからさまにした両義性を暗黙のうちに含んでいる。

 いかなる行為も、それが達成したこと失敗したことのどちらからも議論できる。わかりのよさは表面的だと言えるし、徹底は限定として、寛容は不確実さと論じうる――魚の歩行者としての貧弱な能力は、泳ぎ手としての優秀性によって説明される。ある見方はそれ以外を見ないための方法でもある――Aという対象に焦点を当てることは、Bという対象を無視することを含んでいる。この理由から、デューイとヴェブレンの用語は交換可能だと考えられる。しかしながら、我々の次の論題には、ヴェブレンのあからさまに両義的な概念の方がより役立つだろう。というのも、我々はコミュニケーション媒体を論じ(「主導的精神病質」であるテクノロジー的精神病質に影響を受ける)――そのは同じコインの裏表だと考えたいからである。別の言葉でいえば、コミュニケーションの媒体を考えるに際し、その性質の欠陥と欠陥の性質を同時に示してくれるような用語を望んでいる。

 テクノロジー的精神病質において前面にある理想的な解説や情報提供を思い返すと、この理想がコミュニケーションを目的とする装置としてのスタイルにいかに影響を与えているかを考えることとなろう。

2014年12月11日木曜日

ブラッドリー『論理学』101

 §77.しかし、それはまだ非常に低い位置にいる。知覚に関するあらゆる判断がある意味普遍的であり、そうでないなら、それを推論の基礎として使用することはけっしてできない。陳述は個別の事例を越え、「これ」、「ここ」、「いま」とは関わりなく真である性質の関係を含んでいる。もしその観念内容をこの実在に帰するなら、それが単称的であることは間違いないが、もしそれを観念内容の内部における総合を主張しているととるなら、知覚を超えている。というのも、同じ条件であれば、いかなる場所でも同じ結果が得られるだろうからである。総合は、ここやいまにおいてではなく、普遍的に真なのである。

 だが、この真理は、性質の関連が事物に浸透したものであるために、最も基本的なものである。)概念内容は無限の関係に満ちており、我々の陳述が仮定する最初の曖昧な形では、一方において総合とは関わりのない要素を考えに入れることになり、他方ではそれを構成するのに必要なものを取り逃がしてしまうこともある。例えば我々は「このものは腐っている」と言う。しかし、それはこのものであるために腐っているのではない。実在の関連はもっとずっと抽象的である。また、そこにあるだけの他からの影響を受けないなにかのために腐っているのでもない。一方では我々は不必要な細部をつけ加え、他方では本質的な要因を取り逃がしている。ある場合には、我々は「実在とはこうしたものであり、abcが与えられたとき、dがそれに続くだろう」と言うが、実際のつながりはa-dでしかないのである。また別の場合には、aがbと必然的なつながりをもっておらず、総合の真の形はa(c)-bであるのに、「この関連はa-bである」と言う。科学的な正確さの基準から言うと、最初の形は常に間違いであるに相違ない。それは少なく言い過ぎているか、多く言い過ぎているか、あるいはその両方である。上の段階に登るには無関係なものを取り除き、本質的なものを当てることでそれを修正しなければならない。

2014年12月10日水曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻16

佛喰うたる魚ほどきけり 芭蕉

 旧解には、讃岐国の何とかいう浦に鮫があがり、その腹中から恵心僧都作の仏像を見つけだしたことがあるという。このことはなんの書にでていたのか、浦の名も時代もはっきりせず、おぼつかない説である。また、讃洲志度の浦の長田作兵というものが、恵空上人のすすめで念仏の行者となり、あるとき、志度の浦で津波のために渚に打ち寄せた鰐の腹から恵心作の弥陀仏を得た、という話を持ちだすものもある。

 過去の評者たちは多くこうした解をとり、もしこの句に難しいところがあるならば扉句であるからだろうといっている。恵空上人はどういう人なのか知らず、長田作兵もまた彌陀次郎、阿波の介などのようにひとの耳に伝えられたものではなく、なにを根拠にしているのか考えることができない。芭蕉がそうした人のよく知らないような僻地の小事を用いて面影のつけ句をするだろうか、疑わしいことである。

 これらは仏を仏像と思うことからくる苦しい解であろう。俗に死んだ人間を「ほとけ」という、仏になった人ということである。ここでの仏は死骸であることは間違いない。ほどくは解くであり、割き開くことである。鰐、鮫のたぐいはいうまでもなく、黒鯛、真鯛なども屍肉を食らうのは常のことで、その腹より爪や髪などの出るのを見て驚き、眉をひそめることも間々ある例である。前句の海嘯の名残をここにあらわしたのが、なんで扉になるだろうか。扉とは二句同意で、前の句と後の句が同じ情景と時、所を離れないで、ひとつのことを繰り返すようになることをいう。「命婦の君より米なんど越す」という句は海嘯の句と同じ意味ではなく、ただ都から米を積んだ車の片里に着いただけであり、佛喰うたる魚と海嘯とも同じ意味ではない。しかもこの句は海嘯過ぎてのちのことで、場所も津波があった浜でないことは明らかである。浜で魚を割くことは却って希だからである。屍を喰ったと解して扉となるなどというのは強引な解釈である。

2014年12月9日火曜日

ロバート・ワイズ『スタートレック』のチラシ

1979年のアメリカ映画。

何度か見たはずだが、内容はまったくおぼえていない。



2014年12月8日月曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』15

      文学への影響

 こうしたことすべては、書くという職業に特有の職業的精神病質にどういった影響を与えるのだろうか。現在のところ、我々は三つのはっきり区別される解決法を認めることができる。感情、性、冒険、過剰、精神病などに取り組む芸術家がおり、というのもどんな職業も人間の身体に根づく部分が多い以上、多かれ少なかれそれらを共通のものとしているからである。他には、書くことが副次的にではなくそうしたこととともにある職業であるゆえに、フィールドワーク、歴史的心理学的調査、記録の捜索に赴き、新聞によって浮き彫りにされた問題を更に強烈にあらわす場合もある。一般的に、こうした傾向は、作家が他の精神病質に入り込むことによってより広いコミュニケーションを取るよう様々な経験を促すこととなる。他者の関心をある種バロメーターのように測ることに精通するようになる。このタイプは、ブロードウェイ・ドラマから、ハリウッドを通じ、単なるリポーターにまで及ぶ。

 逆説的なことだが、他とは異なる作家の特殊な精神病質が見て取れるのは、通常詩人たちを病的な特殊性に押し込んでいる批評においてである。しかしながら、それはエッセイ的なコミュニケーションの方法が、テクノロジー的精神病質とそれに付随する現象が概念化と情報提供に高い価値を与えている限りは正当化される。事実を伝え、概念的区別をする今日のコミュニケーション媒体は、スタイルによって機嫌を取り、説得や訴えかけを目指していた詩的媒体よりもよりうまく整備されている。

 デューイの職業的精神病質という概念は、想像的な上部構造が生産パターンからどのように生じるのか見事に示してはくれるが、批評的識別の基礎としてうまく役立てられるとは私は信じていない。というのも、別の精神病質が容易に想像できるからである。生存方法の相違が認められるところでは、それに応じた精神病質の相違があり、それぞれの特別なやり方でなにかに関心が抱かれるのである。

2014年12月7日日曜日

ブラッドリー『論理学』100

 §76.単称判断の唯一の希望は完全な断念にある。仮言的であっても、抽象的判断は自身よりも真であることを認めねばならない。判断のクラスの最も低い位置で満足しなければならない。その要素で実在を性質づけることをやめ、一般的な形容のつながりを認めることだけに専念し、個別の存在からは離れなければならない。「ここに狼がいる」や「この木は緑だ」で「狼」や「緑の木」が実在する事実であることを意味するのではなく、狼とその状況にある諸要素との、「緑」と「木」との一般的な関係を主張しなければならない。それを個別的な事実に関するいかなる参照もなしに、抽象的な意味において行なわなければならない。その低次の基本的な形においてそれは科学的法則に向かうが、その元々の主張は完全にあきらめ、真理への階段に足をかけるのである。

2014年12月6日土曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻15

籬まで津波の水に崩れゆき 荷兮

 籬を真垣とするのは当て字であり、真の字に意味があるわけではない。「ませ」、「ませがき」などという語の「ま」とともに、「ま」は「間」、もしくは「馬」の意味でもあるだろう。「真」に美を称賛する意味があることをもって、真垣を神社の垣とする旧解はいささか行き過ぎている。齋籬、瑞籬、玉籬などとあるなら神社の垣としてもいいが、ただ「まがき」とあるのを、強いて神社の垣とするのは間違いである。

 また、『増鏡』の大伴皇子が難波の津で高潮にあわれた面影と、旧註には見えるが、『増鏡』に大伴皇子のことがあったかどうか、私の記憶ではなかったように思う。ただ、高潮は津波であって、『増鏡』第二新島もりの巻に、承久の戦に鎌倉方が戦いに勝って猛然とした様子を記して、「荒磯に高潮などのさしくるやうにて」とはある。これは比喩の言葉である。津波が『増鏡』に見えるのはここにしかない。もし大伴皇子のことが『増鏡』にあるならばその面影といえるが、大伴皇子のことを詳しく論じた『長等の山風』にも、皇子が難波で高潮にあったことは見えない、自分の記憶に欠けたところがあるのだろうか、いぶかしい。ここは大伴皇子の面影などと解釈しないでも、前句との続きは自ずから明らかであって、それ以上とやかく論じるべきではない。

2014年12月5日金曜日

ロバート・バトラー『ジャグラー/ニューヨーク25時』のチラシ

1980年のアメリカ映画。

娘が誘拐されて、走って、走って、走りまわる映画、面白かった。

見直す機会がまだないのだけれど。



2014年12月4日木曜日

ケネス・バーク『恒久性と変化』14

      テクノロジー的精神病質

 こうしたすべてのうちにあり、関連し、それらを越えた部分にも底流にもあって、混乱の主たる責任を負うべきは、テクノロジー的精神病質である。恐らくそれは、その基本的パターンにおいて世界の新たな原理に寄与している精神病質である。我々の栄光と悩みの中心にある。

 人間の歴史にはそれにふさわしい三つの異なった合理化が存在すると思える、魔術、宗教、科学である。魔術は、人間が自然の根本的な力を支配することによる合理化だった。現代の思想家たちは、魔術の因果関係に関する理論の誤りを指摘したがるが、魔術が自然の力を利益に変えるやり方を図式化することに圧倒的な助けとなったことは明らかである。

 宗教は特に、人間の力を支配しようとする合理化だと思われる。文明がより複雑になると、人間の共同作業に関する高度に繊細な規範が必要となった。宗教的思想は、こうした複雑な状況のもとで、共同の慣習を秩序づける精神的領域での装置となった。

 そして、我々はいま第三の偉大な合理化である科学、科学技術や機械力を我々の目的のために支配しようとする試みに関わっている。

 その真髄は実験主義、実験室的方法、創造的懐疑主義、組織化された疑いと言われている。職業的道徳性をもってはいるが、現在のところ、はっきりした精神病質をあらわすというよりも、伝統的な道徳の崩壊や解除により力強く寄与しているのが見て取れる。通常、科学はコペルニクスの天文学、ガリレオの物理学、ベーコンの帰納的方法による合理化にまでさかのぼるが、その精神病質は、体系的な科学技術の発展による衝撃を真っ向から受け止めた最初の国であるイギリスの功利主義的哲学者たちの時期になって始めて完全に花開いたと言える。判断の主要な要因を効用に定めたこの説は、価値の問題を考える際に、参照地点を世俗的なものとして形式的に確立した。道徳の起源は超越的なものであり、真理は神によって、選ばれた代表者にあらわされ、聖職者の手によって伝えられていくという考えは、有用性や利害の考慮が我々の宗教的、倫理的、美的、また宇宙論的判断でさえ現に形づくっており、これからもそうであろうという考えに道を譲った。

 生存競争の道具や武器として道徳的知的特性が発達したと論じたときに、ダーウィンはまさしくこうした精神病質のなかにいた。マルクスは共存道徳という概念を導入した。ジェレミー・ベンサムは『謬見の書』で、功利的目的をもった法案の提出が最も高貴な道徳的偉大さという装いのもとぼやかされてしまう議会でのやりとりについて辛抱強くかつ辛辣に検証した。彼は内部と外部での顕著な考え方の相違、それぞれの立場で道徳的真実性が異なって操作されることに注目した。

 マルクスは、この分類を更に拡げ深化し、それが単に政治的な運による盛衰によって転換するのではなく、我々が内部と外部とを結晶化した階級として受け入れる限り結晶化が続くことを示した。彼はこうした、階級を互いに区別できるような類の精神病質について考察した。そして、功利主義者と同じように、現状あるべき姿を混同する傾向があり、階級意識が避けられないと感じられるときもあれば、別の方向に導かれるべきだと感じられるときもある。ここでの難点は、恐らく、第一部の冒頭で我々が気づいたこと、つまり、人の関心をひくもの人が関心をもつものとの微妙な区別であろう。階級道徳は階級が存在する限り即座に生じるかもしれない。しかし、階級意識は階級道徳に正確に訴えることで教えられねばならないのである。

 この道徳の系譜学において、ニーチェの立場は著しく複雑である。他の作家がエッセイストである場所で、彼は悲劇的詩人だった。彼は単に価値の超越を論じることには興味がなく、それを歌い上げ、この偉大な歴史的運動に予言的、儀式的アクセントを加えようとした。しかし、詩人は敬虔であり、敬虔さの訴えかけは深く疑問の余地のない結びつきの適正さにあるので、彼が関わる悲惨な苦境が見て取れる。彼はまさしく最後の価値まで、人間が文化的過去から引きだす敬虔な結びつきまで疑問視した。このニヒリスティックな関わりが彼の奉ずるところだった。従って、この祭壇に相応しい象徴的意匠でその周りを取り囲もうとした。それには、倫理的な範疇と有機的に関係していたものの力を弱め、美学的範疇との結びつきを強めることが含まれていた。芸術家としての格調の高い素養は常に彼に敬虔さへの道を開いていた。だが、彼の鋭くアフォリズム的な知性はそうした道筋を疑い続けたのである。

 その結果は、恐らく、前テクノロジー的精神病質から人類がこれから永久に持ち続けるだろうテクノロジー的精神病質への移行を最も完全に、かつ自己矛盾的に象徴化している。それは「親テクノロジー的」姿勢と言えるかもしれない。ツァラトゥストラは過酷で風変わりな孤独な雪山を下り、危険な世俗的、非世俗的歓楽をほのめかし、大都市のまさしく本質であるある種の懐疑主義、反宗教的な抜け目のなさを敬虔に儀式化する。ニーチェからの負債を自覚しているトーマス・マンが『魔の山』で同じシンボルを同じ目的のために多く用いているのも不思議ではない。ニーチェは突飛な発言によってその最も鋭い洞察の幾つかを傷つけている――そして、よきヨーロッパ人である彼が一貫して軽蔑していた愛国的軍国主義の予言者だとしばしば見なされている。しかし、結局のところ、彼の作品の豊穣さは認められなければならない。

 ヴェブレンは、恐らく、いま「文化的遅滞」と呼ばれている道徳的混乱を最も明るみにだしてみせた。その最も単純な形においては、彼の説は、過去の状況に適切に対応することで発達した制度は、状況が変化すると脅威になる、というものである。当然のことながら、制度が存続する限り、それを支えてきた倫理的価値もまた維持され続けるだろう。ヴェブレンの化石化した制度という考えが訓練された無能力という概念とどう関わるかは容易に見て取れる。

 価値の問題に関するこうした疑問視は、明らかにテクノロジー的精神病質の一部をなしていると思われる。人類学や民俗学の資料によって実証されるまでもなく、同じテクノロジー的枠組みの一部分をなす職業の多様性によってそれは更に活発になることだろう。我々はそれぞれに異なる医者の、法律家の、科学者の、トンネル工夫の、記者の観点をもっている。こうした入り組んだ多様性は、知的寛容、情報提供、大衆化、知識の概略に対して我々の与える重要性に精神病質的にあらわれている――また、ある種の個人主義は、生産が個人主義的に運営されていたかつての精神病質に予想される類のものではないにしても、少なくとも、部門主義、小集団に集中限定される知識に観察されるものである。

2014年12月3日水曜日

ブラッドリー『論理学』99

 §75.その主張を和らげ、仮言判断に対する優越をあきらめ、自ら条件的でしかないことを認めようとしない限り希望は残されていない。しかし、彼は前途に待ち受けている降格をまだ知っていない。そこで次のように、「自分が定言的でないのは確かである。私の概念内容は条件づけられており、『なぜなら』が私の手のなかで『もし』のまわりを回っている。しかし、少なくとも、私は抽象的な仮言よりはすぐれている。というのも、それは要素が実在であるとさえ認められておらず、系列の残りの条件に従っているのに対し、少なくとも私の概念内容は事実であると認められているからである。つまり、少なくとも私は存在を主張できるし、私の立場を維持するのである」と言うかもしれない。

 しかし、この主張は錯覚である、というのも、もし個的な判断がこのようにして仮言的になるなら、その概念内容についていかなる存在も断言されないからである。もしそれがなされるなら自己矛盾であるが、このことを説明してみよう。

 定言判断の概念内容a-bは実在の存在に直接に帰せられた。抽象的普遍的判断a-bはaにもbにも、またその実在との関係にも帰せられない。それはある性質xに帰せられるだけである。問題は、定言的なa-bが仮言的なものに変わったとき、a-bはある条件下にいるにもかかわらずまだ存在を要求できるのだろうか、あるいは、存在を無視した普遍的なa-bにならなければならないのだろうか。後の場合であれば、単に「aが与えられたときb」ということになる。しかし、前者の場合だと、「別のなにかが与えられたとき、a-bが存在する」ということになる。この主張の錯覚はさほどの間違いには思われないが、自滅的であることを示してみたい。

 ドロビッシュ(『論理学』§56)は、ヘルバルト(Ⅰ.106)に従い「Pが存在する」という判断を「なにかがどこかに存在するとき、Pが存在する」と翻訳する。私はこの翻訳が不正確だと考える。というのも、暗黙のうちになにかが存在することを仮定し、それゆえ実際にはいまだ定言的だからである。もし我々がこの翻訳を感覚の事実に適用するなら、そこで実際に仮定されているのは他の現象の完全な系列であり、翻訳は「もし他のすべてのものが存在するなら、Pが存在する」とならなければならない。しかし、この主張は自滅的であり、既に見たように(§70)「他のすべてのもの」が実在する事実であることは決してあり得ない。それゆえ、存在の仮言的な主張は存在できない条件に依存していることとなる。ところで、誤った仮定の結論が間違いでなければならないというのは真ではない。しかし、不可能な基盤が存在の唯一の条件だとされたとき、遠回しにではあるが存在が否定されていることは確かに真である。前に見たように、個的な判断は定言的だと捉えられたときには誤りだった。そしていま、仮言的に捉えた場合、肯定ではなく否定が、あるいは少なくとも否定の方が真だと示唆されるのを見た。

2014年12月2日火曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻14

命婦の君より米なんどこす 重五

 前句の雛をつくる女を、人妻などではなく、まだ年のゆかぬ由縁ある姫君にかしずく女とみて、また一転してこの句がある。命婦は内命婦五位以上の女官、外命婦五位以下のことをいうとは『壒嚢抄』の説である。「こす」は贈ってくるである。言葉の意味は明白で、解は必要ない。この句は命婦という名称をだし、いわずの間に人柄、事柄、場所柄を思わせて、狡い技術とはいえ、非常に巧妙である。

2014年12月1日月曜日