電気石板ノート
2014年12月29日月曜日
幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻20
真昼の馬のねむた顔なり 野水
この句も解するまでもなく明らかで、前句とともに面白く、東海道を春の好き日に旅するような心地がする。であるのに、旧解には、ここは嬉しげというのを飼い雲雀を放つ態と見立て、八幡祭に人も浮き立っているのに、馬が疲れて眠がるのを見て鈍感だと思うさまを付けたとある。余計な穿鑿に過ぎた解というべきである。
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