2015年3月16日月曜日

実存的人物論ーー菊地成孔のマイルス講義


私は一番よく聴いた音楽のジャンルはジャズであるにもかかわらず、マイルス・ディヴィスにはそれほど関心をもたなかった。もっとも、モンクを除けば、マイルスばかりではなくいわゆるビ・バップ、ハード・バップといった主流を飛び越えて、ついでにオーネット・コールマンセシル・テイラーといったフリー・ジャズのおおもとも駆け足で通り過ぎ、スティーブ・レイシーだとか、ビル・ラズウェルだとか、ミシャ・メンゲルベルグといったポスト・フリーと呼ばれる人たちを聞きまくっていたので、大好きな平岡正明マイルスについて一冊を書き上げたときにも、読むには読んだが、やはりどうしても聞かねばという気にはならなかった。
ところがこの本は無類に面白いジャズ論であるのと同時に、是が非でもマイルスを聞かなければと思わせる本でもある(実際CDを買ったり、YouTubeを検索して聞きまくった)。マイルスについてさほど関心がないといっても、あの独特の音の調子は耳に刻みついているので、マイルス論で多少奇抜なことがいわれていたとしても、ようはあの音がそうなる訳ね、とわかったような気になってしまっていたのだ。
しかしながら、このマッシブな本は、あまりに新しい視点を提示しているために、類推によってわかったような気分になることを許さないのだ。重層的な和音を展開するモード、それはまたジャズに限定されない音楽のモードでもあれば、ファッションのモードであり、それがマイルスの生き方と骨がらみになっていたアンビヴァレンツとミスティフィケーションと結びついているのを分析していく手際は、サルトルのジュネ論やフローベル論を思わせるところがある。

0 件のコメント:

コメントを投稿