2014年11月1日土曜日

幸田露伴『評釈冬の日』しぐれの巻6

茶の湯者をしむ野辺の蒲公英 正平

 蒲公英は春の菜として食べるものである。どんな侘びのものも花瓶に入れる花とするべきものではないので、料理として浸しものとして用いる。「をしむ」は馬糞掻きに汚されたためだと前人は解したが、ただ愛するの意として解するべきである。山にはまたたびの葉、たらの芽、野に坡蒲公英の葉、わすれ草の花など侘びを喜ぶ人が愛でるものである。前句の景色のなかに茶人の逍遙するのを付けたものである。洛外の春の様子がうかがわれ、自ずから片田舎と思われないのがいい。馬糞に蒲公英を付けたのではなく、かすみに遊歩を付けたのである。

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