ロラン・バルトは、古代ギリシャ人が、一般的に大量の水で割ったワインしか飲まなかったこと(ワインは水の八分の一)、そして生のワインと水で割ったワインがもたらす陶酔は質を異にしており、水で割ったワインを飲むことは、「ほとんど神聖ともいえる甘美なまでに特異な状態に導く、ある種の技巧だった」と述べている。この「甘美なまでに特異な状態」とはいかなるものなのだろうか。
プラトンの『饗宴』は、参加者がみな昨日の酒が残った二日酔いの状態であることを告白することにはじまり、恋の神であるエロースについて参加者がそれぞれ自身の「言論」を発表することが続く。なかには、有名な、アリストファネスの説、人間は本来二体が合わさった球形であったが(男女、男男、女女の三種類)、驕慢で神に逆らったためにゼウスによって二つに切断され、それ以来、人間は失われた半身を求めている、という言論が含まれている。そして、それぞれがエロースについての説を発表したあと、「たいへんな酔っばらい」であるアルキビアデスが乱入し、ソクラテスを賞讃することで『饗宴』は終わる。つまり、二日酔いからはじまり、酔っぱらいの闖入で終わるわけで、ほどよい酩酊とは無縁なのである。
同じくプラトンの『法律』では、酒は若者の弱点をあらわにするので、彼らに注意を与えるに際し有効なテスト法である。だが、いずれにしろある言い伝え、「ディオニュソスは、継母ヘラによって魂の判断力を奪われ、そのためにその復讐をしようとして、バッコスの狂乱やありとあらゆる狂気の踊りをもたらしたのであり、酒もまた、その同じ目的のために贈られたものだ」(森進一・池田美恵・加来彰俊訳)によれば酒とは狂気への道であるから、軍役に服している者はいついかなるときにも酒ではなく水を飲んで過ごさねばならない、国内にいる奴隷は、男も女も酒を飲んではならない。船長も裁判官も職務を遂行しているときには飲んではならない。重要な評議会に審議のために出席する者も飲んではならない。いかなる者も、身体の訓練や病気のためでなければ、昼間は決して飲んではならない。夜であっても、子供をもうけるつもりのあるときは飲んではならない、それ以外にも「正気を保ち正しい法律に従う人なら、酒を飲んでならない場合は、たくさんあげられるでしょう。」と述べ、更に「こうした原理に従えば、どんな国家も多くの葡萄園を必要とはしないでしょう。また、他の農産物やすべて日々の食料品が統制を受けますが、なかんずく酒は、あらゆるもののなかで、おそらく最も適量に、最も少なく生産されるでしょう。」といかに酒の力を封じ込めるかに力点が置かれている。
こうしてプラトンは国家全体にそれぞれの職務、階級に則った節制の徳を与えようとしているのだが、こうした節制は単に欲望に対して否定的なものなのではなく、フーコーが言うように、快楽のひとつの術ともなり得る。というのも、節制の反対である不節制は、欲求を過度に貪ることであり、欲望にいかにも忠実であるように見えて、実は、行き過ぎている。たとえば、飢えや渇きが過度に満足させられれば、その欲望は死に、食べたり飲んだりすることの快楽の感覚は押し殺されるだろう(楽しく食べ続け、飲み続けていたことが、いつかある閾を越え、苦行に近しいものとなることは誰にでも経験があろう)。つまり、節制というのは、満足を常に控えめに抑えておくことによって、快楽を受ける余地を残しておけるよう身の備えをすることだ、ということになる。ソクラテスからプラトンへといたる快楽の教えはまさしくそのようなものだったのだろう。
節制とは快楽の一つの術、一つの実践であり、欲求に根ざす快楽を《活用する》ことで、この実践は自分に限度を設ける力をもちうるのだ。ソクラテスによれば、「ただ節制のみが、上述の欲求をわれわれをしてがまんせしめ、ただそれのみが記憶にとどめるに足る快楽を楽しませる」。しかもまさしくこのような仕方でソクラテス自身も、クセノフォンの言葉を信じると、日常生活で快楽を活用している。すなわち、「ソクラテスは食事の量を食事が楽しみである程度にとどめ、そのために、食卓に向かうと、いつでも食欲が調味料のかわりをしていた。酒は咽喉がかわかなければ飲まないから、どんな酒でもおいしかった」。(ミシェル・フーコー『性の歴史Ⅱ 快楽の活用』 田村俶訳)
しかし、これもまたバルトのいう「甘美なまでに特異な状態」からは遠いだろう。いつでもおいしくものを食べ酒を飲めるように、腹具合や喉の状態を少々空腹や渇きをおぼえる程度に保っておくというのは、快楽を一元化することでもある。つまり、バルトの場合には、生のワインを徹底的に飲んで酔っぱらうという陶酔と、それとは質の異なる水割りのワインによる「より軽やかな」陶酔があったわけだが、このソクラテス=プラトン的な節制では、適度な空腹や渇きを癒す際の快楽だけしかないのである。
プラトンから離れ、ギリシャの詩を見てみても、たっぷり飲み明かそうと訴える詩ばかりで、軽やかな特異な陶酔を描いた詩を見いだすことはなかなかできない。前三世紀初頭の詩人、アスクレーピアデースの詩を一編あげておこう。
飲めよ、さあ、アスクレーピアデース、何故この涙か、何を思ひ悩むのか。
つれないキュプリスが捕虜(とりこ)にしたのは、お前ひとりではあるまい。
また、お前のためのみに、意地悪い愛神(エロオス)が弓や矢を
磨ぎすましたのではあるまい、何故生きながら灰にかう塗(まみ)れてゐるのか。
飲み明かさうよ、さあバッコスの生(き)の飲料(のみしろ)を。夜明には指一ふし。
それとも復た閨にさそふ、灯火(ともしび)の影を見るまで待たうといふか。
飲み明かさうよ、さあ景気よく。いかほど時も経ぬうちに、
可哀や、長い夜をただひたすらに 眠るさだめの我等
ではないか。
(『ギリシア・ローマ叙情詩選』 呉茂一訳)
「同じ禁欲を実践していた」(バルト)というオリエントの人々のなかから、(大分年代は下るが)オマル・ハイヤームの『ルバイヤート』をひもといてみても、酒に関する詩は数多くあるが、特異な陶酔は感じられない。二例だけあげておこう。
76
身の内に酒がなくては生きておれぬ、
葡萄(ぶどう)酒(しゅ)なくては身の重さにも堪えられぬ。
酒姫(サーキイ)がもう一杯(いっぱい)と差し出す瞬間の
われは奴隷(どれい)だ、それが忘れられぬ。
99
おれは有と無の現象(あらわれ)を知った。
またかぎりない変転の本質(もと)を知った。
しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、
酔いの彼方(かなた)にはそれ以上の境地があった。
といったふうで、少なくともわたしには大量に飲む姿勢をあらわしているように思える。
更にいえば、酒と分かちがたく結びつくことになった葡萄の神であるディオニュソスは先に述べたように各地に狂乱を振りまいた神であった。そして、形象に止まり、彫刻や叙事詩に結実したギリシャ精神を「アポロン的」とし、非表象的で、人間の根源的な衝動の発露であり、叙事詩や音楽としてあらわれたギリシャ精神を「ディオニュソス的」と名づけたニーチェによって、酒はより決定的に、深い酩酊と結びつけられるようになったのではないだろうか。
ディオニゾス的興奮は、自分達が内的に合致していると意識するところの、此の如き精霊群にとりまかれたる自分達自身を見ることの此芸術的能力を全群衆へ賦与し得るのである。悲劇合唱のこの作用は劇的根源現象である。自分自身の前に変形されたる自分自身を見るということ、そして今あだかも、人が実際ある別な体に、ある別な性格にはいっていたかのように行動するということは。このようなる作用は劇の発展の発端に立っている。ここにはその形象と融合しないで、むしろ画家の如く観照的な目で自分自身のそとを見るところの、あの史詩吟誦なぞとは異った何物かがある。ここには既に別な性格への没入による個性の放棄がある。そして固よりこのようなる現象は流行病的に出て来る。全群衆がかくの如く変形されて自らを感ずるのである。この故に酒神頌歌は本来はいかなる他の合唱歌とも異っている。月桂樹の枝を手にして、厳かにアポロの神殿へ練り行き乍ら、行列の歌をうたうところの処女達は、依然としてもとの儘の彼女等であり、彼女等の市民としての名前を保持している。酒神頌歌の合唱は、形を変えられた人人の合唱である。そして彼等の市民としての過去は、彼等の社会的地位は全く忘れられている。彼等はあらゆる社会的領域の外に生きているところの、時間のないところの、彼等の神の奉仕者になっている。希臘人のあらゆる他の合唱的叙情詩は、アポロ的な個人的唱歌者の巨大なる増進にすぎない。しかるに酒神頌歌に於ては、自分達をお互いの間に変形されたものと見なすところの、無意識的な俳優の一共同体が私達の前に立っているのである。
(『悲劇の出生』生田長江訳)
こうした経験は、むしろ神秘的とも言えるものであって、飲酒による酩酊などとは質を異にしていると言うべきだろうか。確かにニーチェの描いているのは、神の祭祀に結びついた聖なる経験であり、世俗化されつくした現代の世界とは隔絶しているように思える。しかし、酒神こそいないものの、たとえば吉田健一の短編「酒宴」などはニーチェの呈示したのとさほど異なることのない経験を描いていないだろうか(同じような経験を描いた吉田健一の文章は、枚挙にいとまがないほどあるので、あくまで任意の一例である)。
銀座の「よし田」で「円いと言ふ他ない感じの」中年男と飲み始めて別れ難くなる。東京駅の方の地下のなんの飾り気もない店で朝まで飲み、その足で男が酒の技師を務めている灘の工場まで見学しに行く。工場にはタンクが並んであり、大きな茶碗で利き酒をする。見学が終わると、神戸の「しる一」という料理屋の二階で宴会が始まる。やがて、なぜか、いま工場で見てきた四十石入りや七十石入りのタンクが献酬相手になっている。七石さんは胴の真ん中辺のふくらみ方から女であるらしい。いつの間にか場所は山の上の草原になっており、「自分」はタンクを取り巻いて神戸からその後ろの連山まで伸びる途方もなく大きな蛇になっている。
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