電気石板ノート
2018年8月7日火曜日
法性寺
・山城国(いまの京都)伏見の近くに法性寺というところがあった。どうしてこのあたりは寺の名で呼ばれるのか。老いた男に出会い、彼が言うには、むかしここには庄屋があった。焼き米がだい好きで、一日中かんでいたので、一日の終わりには噛みくたびれ、ほおに含んだまま寝ていた。ねずみがにおいを頼りに食い破り、大きな穴が開いた。その朝使用人たちが集まってくるなかに、傷などを扱うのに長けた男がいた。風邪をひいたら悪いだろうと、まずは障子をつくって傷の口に立てたので、ほうしょうじという。
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