あまり食に興味がある方ではなく、満腹になればいい程度のものなのだが、好きな食べ物は、と聞かれたらウナギだと答えると思う。
もっともおそらく十年以上ウナギは食べていない。近くにおいしそうなところはないし、高いし、スーパーで売っているのは、蒸し直してみたところで、たかがしれていると思うと、食べる気が失せてしまうので、多少余分なお金を持って、おいしいとされているところを目指して出かけることはないのだから、やはり食にはそれほど執着がないのだろう。
多少大げさに言えば、イデアとしてのウナギを大事にしているので、現実のウナギの方は家来に任せているのだ。
同じように、野菜のなかでおそらくタケノコが一番好きなのだが、おいしくないタケノコを食べるのがいやで、ここ何年も口にしていない。
安岡章太郎の「ジングルベル」はクリスマスの日に恋人、あるいは女友達の光子から呼び出された徹夜マージャンあけの「僕」が、安岡章太郎の小説ではありがちの、特に根拠もない思い込みにとらわれてしまい、彼女と会う前に何かを食べなきゃと思い、ウナギを食べるならナメクジを食べる方がましだとさえ思っているのに、なぜだかうな丼を頼んでしまうのである。
赤黒く焼けた膚をつつくと、ずるりと滑って脂ぎったネズミ色の皮が剥がれ、白いぶよぶよした肉があらわれる。いつもならここで、ひるむところだ。しかし僕はひと思いにパクリと口にほうりこんだ。歯にさわると気のせいか、キュッとあの断末魔の鳴き声みたいな音がする。
いかにもまずそうなのに感心する。
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