2017年10月4日水曜日

滝沢馬琴訳『水滸伝』(冒頭ちょっと)5



初編 巻之四

○史進、夜、華陰県に走る

 史進は、花陰県の知事が二人の部下とともに、多くの兵士を率いて屋敷の四面を取り囲んでいるのを見て、どうしたものかと相談すると、朱武等三人は跪いて、「若君様、あなたはもともと潔白であるのに、我々のために巻き添えにされたのですから、早く我らを縛めて引き渡してください、そうすれば巻き添えを逃れるだけではなく、褒美を受けることもできましょう」と言うと、「なにを言っている、もしお前たちがいうようにすれば、三人をなだめすかして招き寄せ、秘かに役人に訴えて、褒美を得るに等しい、それでは自分の利益のために行動したとして天下の笑いものになってしまう、いまはどうすることもできない、死ぬと決まればお前たちとともに死に、生きるとなればお前たちとともに生きることにしよう、しかし、ことを早まることは知恵が足りないことでもあるから、まずは討手の大将に会ってその人柄を見てみよう」と述べ、梯子に上がって、頭を垣の上から差しだし、「二人の方々、なにがあって夜中に私の屋敷を脅かすのですか」と呼びかければ、二人は「この期に及んでまだ抗おうとするか、狩人の李吉の訴えによってここに来た」と指さすのを見れば、月光のなかに李吉が立っているのを見て史進は大いに怒り、「おのれ李吉、血迷ったか、なんの証拠があって訴えたのだ」と声を荒げて罵ると、李吉はからからとあざ笑い、「俺も知らなかったが、さっき林で王四が落した少華山からの返事の手紙を拾って、そのままにしておく訳にもいかず、訴えたのだ、証拠がないとはいわせないぞ」と答えたので、史進は戸惑って王四を呼び、「そんなことがあったのか、さっきお前は返事はないといったが、いってることが違ってるぞ、どうなんだ」と責め問いただせば、王四ももはや隠しようがなく、「深酒を致しまして、林のなかで酔いつぶれてしまい、返事の手紙を奪われてしまいましたが、正直に言いましたら、そのままではすむまいと恐れ、返事はないと嘘をついてしまいました、どうか私の罪を許してください」と詫びているさなかに、大勢の討手が鬨の声を合わせ、勢い込んで入り込もうとしているが、もともと史進の武勇を恐れている者たちなので、及び腰で門内には攻め入ってこない。

 史進は外に向けて再び呼びかけ、「お二人に申し上げる、しばし騒ぎを鎮めて私が言うことをお聞きください、もはやことが発覚している上は、弁解する言葉もありません、そこでいま三人の頭領を縛り上げて引き渡そうと思いますので、囲みを下げてお待ちください」と高らかに叫んだ。

 二人はこれを聞いて秘かに喜び、「ならば、早く賊を縛って渡しなさい」と返事をするあいだに、史進は梯子をひらりと飛び降り、王四を呼んでただ一太刀で斬り殺し、下僕に命じて屋敷の四方に火を放たせ、朱武等三人とともに鎧を着け、刀をひっさげ、門を開いて駆けだした。

 二人は囲みを遠ざけて、史進が出てくるのを待っていたのに、案に相違して史進自ら煙のなかから切って出て、朱武、楊春は左右に従い、陳達は後ろに備え、子分と下僕たちを引き連れて、あたっては切り、東に向かえば西にいるものを殺し、その勢い破竹のようで、二人の役人が李吉を従えてたたずんでいる目の前へ、まっしぐらに撃ってかかれば、三人は恐れおののき、仕方なく迎え戦おうとしたが、史進は李吉がいると見ると、雷が頭の上に落ちるように、閃くかに見えた刀が李吉の身体を真っ二つにし、すぐに地面にくずおれた。

 二人の役人はこの様子にいよいよ恐れ、泡を食って逃げようとするところを、陳達、楊春が遮って、遂に二人を切り伏せると、知事は生きた心地がせず、馬に鞭を入れ、士卒と一緒に飛び立つように逃げ去った。

 こうして史進は、朱武、陳達、楊春と下僕、子分たちを従えて、少華山の砦に着いて一息つくと、朱武たち三人は牛を殺し馬を割いて、喜びの酒宴を設けて、各々酔いを楽しんだ。

 史進は思いがけず家を失い、少華山で数日過ごしていたが、心のなかで思うに、私は既に屋敷を失い、家財もすべて灰になってしまって、帰るところもない、とはいえここに長く留まろうとも思わない、師匠の王先生が関西の経略府にいらっしゃる、とにかく師匠を頼って行ってみよう、と思案して、ある日朱武たちに思うところを語り、別れを告げると、朱武たち三人はこれを聞いて、「そんな遠くへいらっしゃらなくとも、いまからこの砦の主となって、安らかに日々を送ってください、もし山賊に身を落すのがお嫌ならば、我々が力を合わせて屋敷を元の通りに建て直し、あなたに従って良い民になりましょう」と言ったが、史進は「お前たちの好意を無下にするわけではないが、役人を殺しているので、村に帰ることはなるまい、かといって潔白の身として、この砦の主になり、亡き父母の名まで汚すことは申し訳ない、お前たちがどんなに止めてくれようが、元来留まる身ではないのだから、明日袂を分かつことにしよう」と、朱武たちが懇ろに止めようとするのを聞かず、下僕たちはすべて少華山に残し、僅かの金を懐にし、旅姿を整えて一人山を下れば、下僕たちはひたすら主人との別れを惜しみ、朱武たち三人も子分たちを率いて、麓まで送り、涙を流して別れを惜しめば、史進も情の厚さに感じ、西の関を目指して旅立った。

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