2017年10月11日水曜日

滝沢馬琴訳『水滸伝』(冒頭ちょっと)7



初編 巻之五

○超員外、文殊院での宿願を果たす

 魯達は鴈門院の街中で、思いがけず呼びかけられ、振り向いてその人物を見ると、渭州で金を与え、その艱難を救い、故郷に帰してやった金老人だった。

 金老人は魯達の袖を引いて物陰に引っ張り込み、声を低くして「提轄殿、いかに肝が太いからといって、世間を嘗めすぎておりまするぞ、いまあちらこちらに触れ状がまわり、一千貫の賞金がついてあなた様を捕らえようとしています、あなた様の年格好が触れ状には細かく記されています、私が見つけなければたちまち役人に捕らえられるところでしたぞ」と懇ろに物語れば、魯達は「お前たち親子を旅立たせて、すぐに状元橋に行き、怒りにまかせて三発ほど殴ったら鄭屠の奴め、死んでしまった、それから半月ほど逃げてここに着いたのだ、お前はなんで東京へは帰らずにここにいるのだ」と問うと、金老人は「私たち親子は、提轄様のお陰をもちまして東京に帰ろうとしていましたが、ふと東の街道にはきっと追っ手が来るに違いない、数日は道を変えていこうと思いまして北へ向かいましたところ、途中で古い友人に出会いまして、その者が言いますには、代州鴈門県で商いをしているが、東京にもまして繁盛しておりますとやら、一緒に来ないかと誘いを受けるままに、東京に帰ることを止め、親子してここに来てしばらくは友人の世話になっていましたが、それからすぐに娘翠蓮が超員外という大変な金持ちの側室となり、寵愛が深く我々親子に屋敷を与え、衣食を始め何から何まで揃えてくれました、それもこれもみな提轄様の大恩によるものだと娘も日頃申しておりましたところ、その超員外も槍や棒の武術を好み、義を重んじ、信を守る丈夫でありましたから、あなた様のことを伝え聞いて、深く感じ入り、遠く離れて会えないことを残念に思われていました、とりあえず我が家にご案内いたします、まずはゆっくりと休息されて、それからゆっくりとこれからのことを相談いたしましょう」と魯達を伴って三町ばかり行くと早くも門に着いた。

 金老人は御簾をあげ、「娘よ、どこにいる、大恩人がいらしたぞ、早くお出迎えなさい」と呼びかければ、翠蓮が急いで出てきて、魯達を一目見ると、身を伏して拝み、「提轄様のご恩は一時なりとも忘れはしませんが、遠く隔たってしまいお会いできなことを残念に思っていましたところ、今日はどんな風が吹いてここにおいでになりましたか、まずはお上がりください」と誘う娘の姿は、半月前にはやつれきっていたのが、金の簪が黒髪に映え、緑の着物が白い肌を巧みに内に籠め、唇は咲き出した桃や桜の花のように薄紅に染まり、手は土から出た春の竹の子のようにたおやかに伸び、顔は三月の花を匂わせ、眉は初春の柳を描いて、垂れ込めた雲が晴れて月が現われたようであった。

 翠蓮は魯達を楼上へと誘い、旅のつらさを慰めていたが、魯達はすぐにお暇しようと、座を立とうとするのを金老人は引き留めて、「提轄様はどうして我々親子によそよそしくなされるか、せめて今日一日は打ち解けてお話しいたしましょう」と言いながら、女中に命じて火を焚かせ水を汲ませ、自らは酒食の準備をして盛り付けをし、杯を上げて魯達に勧め、親子して身を伏して「先頃まで泥のなかの魚のように、身を置く宿もなかったのに、思いがけずこのように安らかに過ごすことができるのはみなあなた様のお陰です、ここに来てからも提轄様の名をお札に記し、毎晩感謝の祈りを欠かしたことはありません、そのお方が目の前にいらっしゃるのですから嬉しさに耐えきれぬのです、快く杯をお受けください」と親子のもてなしが心の籠もったものだったので、魯達もその志の篤さを感じ、足を崩して酒を口にするころには日もやや西に傾いていた。

 そこに二三十人の棒をひっさげた者たちを引き連れた男が、馬に乗ってまっしぐらにやってきて、「あそこにいる強盗を捕まえよ」と命じつければ、魯達はこれは自分のことだと思い、立ち上がり飛び降りて、打ち散らしてやろうとするのを、金老人が慌てて押しとどめ、「私がまず参りまして、事情を説明してきますので、しばらくこのままお待ちください」というが早く一人楼上から走り降りて、その役人らしい人間になにやら囁くと、馬上の人はたちまちからからとうち笑い、部下たちに命じると、みな心得て元来た道を帰っていった。

 その役人らしい者は馬から下りて屋敷に入ったので、金老人は魯達を楼上から呼び迎えて、二人を対面させると、その役人は魯達を見ると、身を翻して再拝し「義士提轄殿、私の礼を受けてくだされ」というので、魯達は怪しんで、金老人に「この人物は何ものなのか、見知ったものではないはずだが、なぜ丁寧に挨拶なさるのかな」と問えば、金老人は「この方が娘翠蓮をかわいがってくださる超員外様です、部下たちを引き連れてきたのは、娘が提轄殿と楼上で酒を飲んでらしたので、部下の一人が通ったときに見とがめたのでしょう、員外様に告げたので、密夫ではないかと疑われて、逃がさないために大勢を引き連れて自らおいでになったのですが、私が秘かに提轄殿であることをお知らせしたので、部下たちを返し一人で入ってらっしゃったのです」とことの成り行きを示したので、魯達は間違いであったか、とようやく安心した。

 超員外は再び魯達を楼上へ誘い、酒宴を設けて様々にもてなし、ひたすら嘆賞して、「私はいつも魯達殿が豪傑であることを聞いて、慕っておりましたが、図らずもお目にかかることができ、まことに幸せです」と言うので、魯達は微笑んで「私は御覧のようにむくつけき男で、既に死に値する罪を犯しました、それなのに員外殿は見捨てることなく、対面を許されたこと、却って私が幸せとするところです」と答えて、鄭屠を殴り殺した顛末をもれなく物語れば、超員外はますます感激し、互いに兵法を語り、十分酒を飲んで、その夜は各々休んだ。

 次の日、朝食を済まし、超員外は魯達に向かって「ここは身を隠すには適した場所ではありません、私の本宅はここから十里離れた七宝村にあります、今日から提轄殿をそちらに匿おうと思うのですがどうでしょうか」と言うので、魯達は大いに喜び「よきようにお計らいください」と頼んだので、超員外は村に使いを走らせ、二頭の馬を牽いてこさせて、一頭には魯達を乗せ、一頭には自らが乗って、下僕に魯達の荷物を担がせ、真昼頃に旅立ち、七宝村に帰ることとなり、金親子は門の前にたたずんで、二人が遠ざかるのを見ていた。

 こうして超員外は魯達を伴って帰り、酒食をもってもてなし、七日あまりも過ごしたころ、二人が書院で語り合っていると、金老人が慌てた様子で来て、「先日私が提轄様を楼上に誘い、酒を勧めておりましたおり、員外様が大勢を率いて捕らえようとしながら、訳もなく彼らを帰してしまったとなにやらよからぬ噂が立ちまして、昨日三四人の役人が近くを聞き回り、詮議が厳しいようです、もしことが発覚してしまったらどうしましょう」と声をひそめて告げるので、魯達は「ならば私が一刻も早く逃げるしかあるまい」と答えたが、超員外がしばらく思案して、「いま提轄殿を放り出してしまっては私の面目が立たず、志を無にしてしまう、また留めておいても却ってそれが災難になることもあり得る、そこで考えたのですが、提轄殿がこの難を避け、万に一つも過つことがないはかりごとがあります、しかし、提轄殿はきっと同意されないでしょう」と言うので、魯達は聞くまでもなく「私はここで死んで当然の身です、もし難を逃れ、身を置くところができるとあらば、なんで同意しないことがあるでしょう、どうぞお話しください」とひたすら頼むので、超員外は嬉しげな顔をして「ここから三十里ばかり離れたところに五台山という山があります、その山頂に文殊院なる寺があり、元々文殊菩薩の道場で、寺には七百人ばかりの僧がおります、その長である智真長老と私とは莫逆の友であり、そもそも私の先祖が多くの金銭を寺に納めており、我が家は第一の施主であります、そこで私は年来誰かを出家させ、文殊院の僧侶にしようと思って、かねてから出家させる人間を探しておりましたが、まだ納得のいく人物を得ることができないので、この宿願を遂げておりません、もし提轄殿が髪を落して和尚となることを引き受けていただければ、一切の手続きは私が致します、このはかりごとを承知してもらえますか」と問うので、魯達は、ここを逃げ延びたとしても、頼りにするところがあるわけではない、とにかく員外殿の言う通りにして、後腐れなく世を送ることにしようか、と思って「そこまで員外殿の恵みを被るのならば我が身の幸いです、剃髪のこと、もとより願うところです」と答えたので、員外は深く喜び、夜をかけて衣服を縫わせ、礼物、支度金などを用意して、次の日の朝早く、魯達を伴って車に乗り、五台山に赴いた。

 麓まで来て、魯達が山を仰ぎ見ると、雲が山頂を覆い、山の側面では影を落とし、花が春風に舞って清らかな香りを運んでいた。

 まことに結構な風景で、玄妙なものだった。

 二両の車が山の半ばまで至り、超員外が人を使いに立てさせると、都寺、監寺の老僧が来て、山門の外にある休憩所に誘うので、超員外と魯達は車から出て、そこで休んでいた。

 智真長老は、第一の旦那である超員外が来たと聞き及んで、首座や侍者などの僧を召し連れて、自ら山門の外に出迎え、「ご遠来のわけはいかなるものでございましょう」と問うので、超員外は魯達とともに恭しく礼を述べ、「今日は一寸したお願い事があって、お寺に参上しました」と言うので、「それでは方丈の方へおいでなさい」と丁寧に導かれ、魯達は員外の後について文珠寺を見てみると、山門は頂から遙かにそびえ、仏殿は雲に溶け込み、鐘楼は月に連なり、経堂は雲霧のなかに立っている。

 いくつかの僧寮は霞を収め、七層の宝塔は空にそびえ立っている。

 まさに塵外の大寺、清浄の霊地というところだった。

 智真長老は超員外を方丈に案内し、客座を勧めたが、魯達はなんの遠慮もなく上座にどんと腰を下ろした。

 員外は慌てて魯達の耳に口を寄せ、「ここで出家するというのに、何で長老と対座して無礼な振る舞いをするのですか」と囁くと、魯達は「慣れないものだから気づきませんで」と員外の傍らに座った。

 監寺、都守、知客、維那、侍者、書記などの僧が定式に則って並び、員外の下僕たちが礼物を運び込み、面前に置いた。

 長老はこれらの品々を見て、員外に向かい「施主殿はどういうわけでこれほど多くの礼物をお贈りくださるので」と宣えば、超員外は身を起こし、膝を進めて「私にはもともとひとつの宿願がありました、一人を剃髪させてお寺の僧侶としようと思い、準備を調えていたのです、いまだその人物を得ることができなかったので黙っていましたが、幸いに従兄弟に魯達という者があり、この人間は武士の生い立ちですが、この世の無常、人間の艱苦をはかなみ、ひたすら俗世を捨てて出家することを願っております、望むべくば、長老の慈愛によって、彼を僧としてもらえれば、いっさいの準備は私がいたします、長老がおとり立てくだされば、この上ない幸いです」と言うと、長老は「これは不思議な因縁じゃ、たやすいこと、たやすいこと、まず茶を用意なさい」と命じれば、二人の稚児が茶を献げ両人に勧めたが、香気馥郁としてよいお茶であった。

 長老は首座を呼んで、魯達の剃髪のことを相談し、また監寺、都寺に斎を準備せよと命じた。

 そのとき僧たちが立って話し合ったのは、「あの人物は全く出家するようなものには見えない、まなざしは僧というよりは賊徒のようで、ぼうぼうに生えた髪と髭は獣、特に虎のようだ、とにかく長老を諫めて、とどめようと思うので、知客(客の相手をする僧)は向こうにいって客人たちの相手をしていなさい」というので、知客は心得て、超員外と魯達を客殿に招き、しばらく世間話をしていた。

 その間に僧たちが等しく長老に「あの出家しようとする人物を見ると、姿は醜悪であり、顔は凶暴で恐ろしい者です、あのような人物を剃度すると、近い将来に山門の災いになりましょう、よくよくご思案ください」と諫めたが、長老は「彼は門徒である超員外の従兄弟なのだから、姿形が醜いからといって断れるものではない、しばらく疑うことを止めるがいい、私がまず彼の将来を垣間見てみよう」と宣って、香を焚き、口に呪文を唱えて定に入り込むとしばらくして戻ってきて、僧たちに向かい「彼を剃度することを止めてはならない、かの人は天罡星に応じ、心根は剛直な者だ、いまは不幸かもしれないが、先々却って清浄の身となる、その仏果を得ることにおいては、おぬしたちの及ぶところではない、私の言葉をよく覚えていて、それぞれ思い当たる時を待っていなさい」と説いたが、僧たちはそれを本当とは思わず、「長老の贔屓だ」とささやきあった。

 長老は超員外たちを再び方丈に招き入れ、斎食を準備してもてなし、員外は食後、僧鞋、僧衣、僧帽、袈裟、拝具などを買わせ、一両日で用意がすべて整った。

 そこで智真長老は、吉日を選び、鐘を鳴らせ、鼓を打たせて、法堂のなかに僧たちを集めたところ、五六百人の僧たちが整然と袈裟をかけ、すべて法座のもとに来て合掌礼拝し、東西に別れて並んだ。

 施主の超員外は、銀子と奉納する香を取り出して法座の前で再拝した。

 仏への報告も終わり、二人の稚児が魯達を法座に導き、維那の僧が魯達の帽子を脱がせ、頭髪を九つの房にわけ、理髪人が一周まわってすべて剃り終わり、次に髭を剃ろうとすると、魯達は恨めしげに振り返り、「ちょっとくらいは残しておいてくれよ」と呟いたので、みなは口を押さえて笑った。

 長老は法坐の上にあって、「寸草留めず、六根清浄、汝のために剃り終わりて、争競を免得せん」と高らかに偈をのたまわり一喝すれば、理髪人は剃刀で髪髭残さず剃り落とした。

 首座は出家の証となる札をもって法坐の前に奉り、法名を賜ることを請うと、長老は札を取り、「霊光一点、値千金にあたり、仏法広大、名を智深と賜う」と再び偈によって法名を与えたので、魯達は魯智深と呼ばれることになった。

 長老は書記を呼んで、札にこの名を記させ、魯智深に授け、法衣と袈裟を与えると、智深はそれを着て監寺に導かれて法坐へと進み、長老は手でその頭をなで回し、「一には三宝に帰依すべし、二には仏法に帰奉すべし、三には師友に帰敬すべし、これが仏に帰依するための三つの教えである、次に五戒は、一に殺生をするなかれ、二に盗みをするなかれ、三に淫らなことをするなかれ、四に酒を飲むなかれ、五に嘘を言うなかれ、である」と説き示されたが、魯智深は禅宗の受け答えの仕方を知らないので、「私には覚えられません」と答えたので、みなは笑った。

 儀式が終わったので、超員外は僧たちを雲堂に招いて、香を焚き、斉食を準備し、位のある僧たちには上質の礼物を贈り、監寺は魯智深を僧たちに引き合わせた上で、僧堂の後ろにある林の選仏場に住まわせた。

 超員外は宿願を成就したことを喜び、次の日長老に別れを告げ、戻っていったが、長老は僧たちを率いてそれを見送った。

 員外は別れる際に長老に向かい「魯智深は愚直な人物なので、いつか礼儀を欠き、誤りを犯すことがあるかもしれませんが、私の顔に免じて許してやってください、また、皆さんも慈愛をもって許してやってください」とひたすら頼んだが、長老は「員外殿、ご心配は無用になされい、愚僧がゆっくりと教え導き、経を習わせ、座禅も追々させるようにしましょう」と宣った。

 員外は魯達を松の木陰に招いて「貴殿はもはや昨日までの貴殿ではないのですから、自ら戒め顧みて、短気だけは起こさないでください、もしそんなことがあれば、再び会うことはできなくなりましょう、衣服などは時節ごとにこちらからお送りしますから、心配せずに修行に専念してください」と言い聞かせ、再びみなに別れを告げて、車に乗って帰っていったので、長老も僧たちを率いて、寺内へと戻っていった。

 魯智深は超員外と別れてから、選仏場の座禅をするところで、自由気ままに居眠りしているので、同宿の僧たちは忌々しく思い、智深を揺り動かし「出家した者は、座禅して智を学ぶことが務めだ、だらしなく寝ている奴があるか、起きろ起きろ」と眼をさまさせ、魯智深はようやく首を起こしたが、「俺には俺で考えがある、お前たちには関係なかろう」と怒りだすので、僧たちは「ほっとけ」と言い合ったが、智深は悪口でも言われたと思ったのか腕まくりして、「なにか文句があるか、いつでも相手になるぞ」と言って再び寝転んでしまったので、僧たちはあきれて答えもできなかった。

 次の日、二人の僧が魯智深が無礼であることを長老にお知らせしようと、まず首座の老僧にことの顛末を語ったが、老僧は「長老がかねておっしゃるには、かの者は後々お前たちにはとても及ばない悟りを得ること間違いがないという、贔屓かとも思うが智深のことについて責めては御意に反することになる、とにかく怒りを鎮めて、したいようにさせとくがいい」と諭され、僧たちもそれ以後は彼に関わらないようになった。

 魯智深は誰も何も言わなくなったので、いよいよ気ままに、晩になれば手足を伸ばして雷のようないびきをかいて熟睡し、目をさますと急いで飛び起きて、仏殿の後ろで大小便を垂れ流すさま、あまりに見るに堪えないので、ある日侍僧が長老に「智深は無礼千万であり、出家の身のふるまいではありません、このままにしておけばこの霊場を汚すことになります」と訴えたが、長老は機嫌を損じたように「お前のいうことは間違っておる、彼はまだこの場所に慣れていないのだから、自ずから改めるのを待ち、少しくらいの間違いは員外殿の顔に免じて許してやるがよい」とおっしゃるので、侍僧はぶつぶつぼやきながら退いた。

 こうして魯智深は五台山で四五ヶ月を過ごし、冬に入ろうとする頃のうららかな天気の折に、びんろう染めの着物に紺の帯を締め、靴を履き替えて、大股に山門を出て、足に任せてどんどん行くと、山のなかばにある休息所に着いたので、杖に顎をついてつらつら思うに、昔は酒と肉を好み、毎日欠かさなかったが、員外の言葉に従って出家してから、酒も肉も口にしていない、それに最近は員外から贈ってくるものもないので、食い物らしい食い物も口にせず、大小便を垂れ流すばかり、筋肉も落ち、骨も細くなってしまったようだ、この景色を見ながら、酒がないことが恨めしい、と思っていると、桶を担ぎ、柄杓を持った男が「九里山は項羽と劉邦が戦ったところ、子供は古い刀を拾う、項羽が死んだ烏江には風が吹き、波しぶきは虞姫が項羽に別れを告げるよう」と歌いながら山を登ってきて、休息所で桶を下ろして休んでいるので、魯智深は男を呼び「桶のなかはなんだ」と聞くと、「うまい酒です」と答える。

 魯智深は酒と聞いて、口のなかにたちまちよだれが湧き上がり、「桶ごと買うから早くもってこい」と言ったが、男はこれを聞いて呆れかえり「和尚さん、冗談を言っては困ります、酒を持ってきたのは大工、人夫、門番、籠かきなどに売るためです、和尚さんたちに酒を売ることは禁じられています、もしそれを破れば、たちどころに長老の咎めを受け、元手を取り上げられ、家も追い出されてしまいます、元々私はこの寺から金を預かって元手とし、寺の借家住まいですので、あなたに売っては生活が成り立ちませぬ、軽々しく冗談を言ってもらっては困ります」と売る気配がない。

 魯智深はこれを聞いて、「金輪際売る気はないか」と問えば、男は聞く耳も持たず「いいえ、殺されても売りは致しませぬ」と答えるばかりなので、智深はまた「別にお前を殺そうというのではない、酒が飲みたいだけだ、早く持ってこい」と言いつのるので、男は関わりにならぬ方がいいと思って、桶を担いで走り去ろうとしたが、智深は長い肘を伸ばして男をひっつかみ、ちょんと蹴り上げると男は地面にどうと倒れ、にわかに起き上がることができない。

 魯智深はしてやったりと笑って、二桶の酒を担ぐと元の場所に戻り、柄杓ですくって息もつかずに一桶を飲み干し、男を見やって「明日寺に金を取りに来い、損はさせんぞ」と言うと、男はようやく起き上がり、眉をひそめて腰をさすり、もし長老がこのことをお知りになったらどんな罰を受けるかわからないと不安ばかりで、また魯智深の剛胆さにも恐れをなして、ろくに返事もならず、残った酒を二桶に分け、「酒代は結構です、ただこのことを誰にも話さないでください」とだけ言って桶を担ぎ、柄杓を握って飛ぶように走り去っていった。

 魯智深はその後ろ姿を見てからからと笑い、一時間ほどその場にいたが、やがて酔いに任せて松林のなかを徘徊していると、酔いが全身に回って足下もおぼつかなくなり、着物を脱ぐと袖を腰に結び、背中の花の刺青をあらわにして山を登る姿は、頭は重いが足は軽く、眼と顔は紅に染まり、前後左右に揺れ、向かい風にあう鶴、または手足をぱたぱたさせながら陸に上がる亀のようであった。

 天を仰いでは天人を罵り、地面を踏みしめて地獄の門番を捕らえようとしているかのよう。

 まさにその姿は裸の魔王であり、火を放ち人を殺す花和尚そのものである。

 ときに二人の門番はこれを見て大いに驚き、割れ竹をひっさげて走り出て遮り留め、「仏の弟子として五戒を破り酔っ払って帰るとは何事だ、お前も張り紙は見ておろう、和尚が戒律を破り酒を飲めば、四十打ちすえたのち寺を追い出すこと、酔った僧を寺内に入れたとあっては我々もまた十度打ちすえられることになる、罰は勘弁してやるからどこなりと行くがいい」と息も荒く言い渡した。

 魯智深は、和尚になってまだ身も浅く、またもともとの性分を改めてもいなかったために、乱暴に遮られて大いに怒り、眼をかっと見開き、「お前ら俺を打つというのか、打ってみろ、止められるものなら止めてみよ」と叫びながら、ひょろひょろと進みでれば、門番もその勢いに恐れをなして、一人は監寺に報告に行き、一人は割れ竹をもって入れまいとしたが、魯智深は咆哮一声、拳一打ちで門番を打ち倒し、寺内へ入っていった。

 監寺は知らせを聞いて、大工や人夫など二三十人を集め、各々白木の棒をもって西の廊下から駆けだした。

 智深はこれを遠くに見て、再び雷のような咆哮を上げ、大手を広げて迫っていくと、みなは彼が元は軍官であることを知らなかったのだが、目の当たりにする勢いにたちまち怯み、慌てふためいて蔵の裏に逃れ、格子を盾にして近づけまいとうろたえ騒いでいたが、魯智深は格子をいともたやすく蹴破り、棒を奪って打ち散らせば、みなは抵抗するまでもなく頭を抱えて逃げだし、長老に告げたので、長老はすぐに侍者を数人引き連れて現われ、「智深、無礼であるぞ」と叱りつけると、魯智深は酔っているとはいえ長老の姿を認め、棒を投げ捨てて跪き、「智深、今日は少々酒を飲みましたが、乱暴をするつもりなどなく、みなが私を罵り、打とうとするので、やむなく騒動を起こしてしまったこと、お察しください」と申し上げると、長老は「とにかく今日のところは怒りを鎮め、下がって休むがよい、言い分があるのなら明日ゆっくり聞くこととしよう」とのたまわったが、魯智深はなおも「長老のおいでがなかったら、坊主らことごとく打ち殺してくれようものを」と繰り返し同じことを言っているので、長老は侍者を呼んで魯智深をいつもの寝所に連れて行かせると、智深は高鼾で寝てしまった。

 多くの僧たちは長老を囲み、「我々は再々智深を出家させるべきではないとお諫めいたしましたが、果たしてこんな有様です、もしあの野良猫同然の悪僧を置いておけば、ますます法規が乱れます、早く追いだしてみなの心を安らかにしてくださいますよう」と等しく苦々しげに訴えたが、長老は「以前も申したが、あの者はいまは騒ぎを起こすだけだが、後には必ず悟りを得るものである、明日呼びつけてきつく戒めておくから、とにかく超員外の顔を立てて今度のことは許してやりなさい」とのたまわって、尋常な思い入れではないので、僧たちは呆れ、醒めた面もちで散っていった。

 次の日朝食が終わると、長老は侍者に言って魯智深を呼びつけた。

 侍者は魯智深のところに行ったが、まだ眠っているので、しばらく起きるのを待っていると、突然起き上がり慌ただしく着物を引っかけ、僧堂を飛びだしたので、侍者は驚いてなにをするつもりだろうとそっと後をつけると、仏殿の後ろで糞をした。

 侍者は鼻を覆いつつ笑いをこらえ、手を洗うのを待って、長老の命を告げ、連れて行くと、長老は智深を近くに招き、「お前は武士の出ではあるが、超員外殿によって出家の身となり、わしもまた三帰五戒の教えを授け、殺生するべからず、盗むべからず、淫らなことをするべからず、酒を飲むべからず、嘘を言うべからず、と示した、この五戒は僧にとっては常識である、しかるにお前は酒を飲んで泥酔し、門番を打ち倒し、咆哮を上げ、格子を踏み破って人夫たちを殴りつけるとはどうしたことだ」と静かに問い詰められ、智深は頭を地につけ、「以後気をつけることにいたします」と申し上げた。

 長老はその姿を見て、「さもありなん、お前は出家である、超員外殿の頼みでなければ、五戒を破ったかどで、お前を追い出し、二度と寺にはおかなかったろう、これからは自ら慎み戒めて、今回のようなことがないようにせよ」と説き、また彼の愚直さが哀れでもあったので、斉食を満腹になるまで食わせ、一層言葉を和らげて教え諭し、着物と靴とを授けて僧堂に帰した。

 酒を飲んでも、喜びを尽くしてはいけない。

 酒はよく事をなし、よくことを破る、とも言われている。

 肝っ玉の小さい者でも酒を飲むと大胆になる、まして大丈夫ともなればどうであろう。

 魯智深は五戒を破らずにすむであろうか、それは次の巻でお伝えしよう。

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