『有りがたうさん』が川端康成の『掌の小説』の一篇を原作としていることは書いたことがあるが、川端康成は昭和11年、映画化の過程を次のように書いている。
伊豆の下田街道を通ふ乗合自動車、それに売られ行く娘が乗るといふだけの淡い筋であるが、清水氏は先づ下田街道を往復した。ノオトを作つた。シナリオは予め書かなかつた。本読みには原作の「有難う」を読んだ。俳優達は自分の役が、どれに当たるのかも分らない。原作に明らかに出てゐぬのが多いのである。さうして伊豆へ撮影に出発、清水氏の頭には纏つてゐたであらうが、それがあたかも小説を書き進むに従つて、次第に形を得て来るやうに、そのロケイション地で感興に従ひ、映画が出来て行つた。書かれたシナリオより遙かに自由な頭のなかのシナリオであつた。恐らく珍らしい大胆な、しかし確かに一つの映画作法ではある。それがいかなる結果で現れるか、一つの問題としても上映の日が待たれる。